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福島地方裁判所白河支部 昭和25年(ワ)46号・昭25年(ワ)50号 判決

原告 佐藤義弘 外一名

被告 東北電力株式会社

一、主  文

被告は原告佐藤義弘に対し、金六十八万四千七百三十二円を原告関根留吉に対し金五万円を各支払え。

原告義弘及留吉の爾余の請求は之を棄却する。

訴訟費用中原告義弘の訴状及請求趣旨拡張の申立書に貼用した印紙代の内二千二百七十五円を同原告の負担とし、原告留吉の訴状及請求趣旨拡張申立書に貼用した印紙代の内三千三百円を同原告の負担とし、その余の訴訟費用は全部被告の負担とする。

原告義弘は金二十万円、原告留吉は金二万円を保証として供託したときは、主文第一項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、

一、原告佐藤義弘の請求趣旨として被告は原告に対し金百十二万円を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決、原告関根留吉の請求趣旨として被告は原告に対し金五十万円を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め右判決につき何れも仮執行の宣言を求めた。

二、その請求原因として陳述した事実の要旨は左の通りである。

(1)  東京都港区芝田村町二丁目一番地所在訴外鷹島建設株式会社は昭和二十三年四月二十一日福島県西白河郡矢吹町大字矢吹字東側七十番地所在株式会社東邦銀行矢吹支店から同支店建物の外廓全部のセメント上塗工事を請負い、訴外石井清次佐藤義衛及渡辺亀吉を現場監督として使用し該工事を進めて居つた処工事が終つたので同年八月六日該工事のために設けた足場の取除き作業に従事中同日午前九時頃、従業員の過失により足場用の丸太を倒し、右丸太は同銀行建物の向つて右端上部を通ずる被告会社架設の高圧送電線三本ある内その東側の一本に寄り掛り、その送電線と中央の送電線が古くなつて弛緩してあつた為に建物の右端に於て右二本の送電線が接触しシヨウトして約五、六分間の後中央の電線は切れて地上に落下し、該電線の一端が原告義弘の父義晴方店先に垂れ下り店の入口に在つた自転車に接触感電し、之を通じて偶々自転車の傍に立つていた原告佐藤義弘の身体に感電し、目撃した人々が、救出の策なく停電を待つて約十分後、漸く之を救出し直ちに手当を加え爾来継続して極力医療に努めたが、遂に顔面に著しい傷痕を残し、左示指が極度に届曲、足の指は全部欠落して歩行困難となり、将来全く自活の望なき不具者となつた。

(2)  原告関根留吉の実母関根チウは前記断線の際偶々前記佐藤義晴理髪店附近で幼児を背負うて遊んで居つたところ、前示切断垂下した電線の一部分(中間)が右チウの足部に触れて感電し俯伏せに倒れ、約十分間手足をバタバタ動かして苦悶した後死亡し背負うていた幼児のみ漸く山田英太郎医師の手で救出された。

(3)  右の事故につき工事請負人等に過失の責任あること勿論であるが、また被告会社も以下述べる理由によつてその責任を免れないものである。

(4)  即ち被告会社の如き送電事業者は事業の性質上危険を伴うものであるから常に施設の完備を期し、事故防止のため万全の施策と注意を用いなければならないのである。然るに被告会社は

(イ)  右送電線は三千三百ボルトの高圧線で非常に危険を伴うものであるのに拘らず本件事故現場附近の架設電線の状態は古損甚だしく布状の被覆物はボロボロに破れ殆んど裸線同様であるものをその儘使用して居り且その張方も弛緩していた。

(ロ)  そして電線の架設点も前記銀行建物の屋根より余り高くないところで、しかも市街地であるから何時不慮の断線事故を生じても人畜に危険を及ぼさないように十二分の注意を払わなければならないのに拘らず前記工事中訴外鷹島建設株式会社の組立てた足場丸太と被告会社架設の高圧送電線とが僅かに七、八寸位の間隔しかないことを熟知しながら何等危険防止の措置を採らないで漫然看過した。

(ハ)  不慮の事故を予想し断線事故発生した場合には最寄のすヰツチのヒユーズが飛んで直ちに停電するよう装置を完備して置かなければならないのに拘らず本件事故に際してはその装置不完全であつた為、被告会社の矢吹散宿所でその報告を受けてから初めて事故を知つて社員が町端れのすヰツチのある場所に馳せつけてすヰツチを切り漸く停電せしめた始末であつてその間約十分を徒過した。

若し被告会社に於て事前に送電線の被覆を完全にし且請負工事の進行に伴う危険に十分の注意を払い、断線事故に伴う危険防止の設備を完整してあつたならば仮に本件事故に因つて原告等が災厄に遭つたとしても前記のような悲惨な結果にはならなかつた筈であるが、停電措置が遅れた為に原告義弘は不具者となり原告留吉の母チウは感電死するに至つたものである。従つて被告会社は右事故に因る損害賠償の責を負うべきである。要言すれば被告会社の施設(工作物)に瑕疵がある。仮に瑕疵がないとしても、被告会社の使用人渡辺脩及森徳智等が事故に際し措置の怠慢又は過失があるから民法第七百十七条若くは第七百十五条に依る責任を免れないものである。

(5)  原告義弘は昭和二十年一月二日生の(事故当時満三歳余)幼児で、同人の父義晴は理髪業者であるから右義弘も成年に達した暁は理髪業者となり得るのであり、そうなれば父と同様少くとも一日平均四百円の実収入を得るのであるが、前記傷害に因り労働能力半減したから一日平均二百円(一ケ月平均二十五日働くとして)月五千円宛の将来得べかりし利益を喪失した筋合である。義弘は現在満九歳で、日本人の生存年数表によると満九歳の男は平均五〇、三八年の余命があることになつているから義弘も満二十歳から満五十歳まで計三十一年間は優に勤労し得る。従つてその間の収入総計は金百八十六万円となるから之を今より十三年後(成年に達した時)に於て一時に支払を受くるとすればホフマン式計算法に依ると年利率五分として百十二万七千二百七十円となり、之を今日即時支払を受くるとせば六十八万三千百九十五円となるから右損害金の内、五十四万円と左指等の整形費五万円、電傷治療の薬代、治療費等三万円及負傷によつて義弘の受けた心身の苦痛に対する慰藉料五十万円合計百十二万円の支払を請求する。

(6)  仮に義弘が理髪業者にならないとしても一般肉体労働者となり得るのであつて一般労務者の最低賃銀は現在の経済状勢に照して平均一日二百円を得らるゝから何れにしても前項の金額相当の損害を蒙つたものである。被告は同原告の生活費等を右収益金より控除すべきものであると争うけれども、その収入によつて生計費を賄うものであるから右抗弁は理由がない。

(7)  原告留吉はチウの長男(チウは他に子を有しない)で母の死亡によつて精神上少なからぬ苦痛を受けたからこれに対し慰藉料として金五十万円を請求する。

(8)  原告両名が株式会社東邦銀行から本件事故に関して示談金各二十万円を受領した事実は認めるが右は同銀行の過失に因る責任について示談成立したもので同銀行の責任と被告会社の責任は自ら別個の責任であるから右事実を理由とする被告の抗弁は失当である。

と謂うに在る。<立証省略>

被告代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決を求め、その答弁として陳述した事実の要旨は原告等の主張事実中

(一)  原告主張の日時場所に於て訴外鷹島建設株式会社が株式会社東邦銀行より請負つた工事に関し従業員の過失に因り被告会社管理の高圧線の断線事故発生し、熔断落下した高圧電線に接触し原告義弘が感電受傷し、原告留吉の実母チウが感電死した事実

(二)  原告義弘が昭和二十年一月二日生れであること

(三)  一般労務者の今日の最低賃銀は平均一日二百円以上であることは何れも認めるが原告義弘の負傷程度、治療費等は不知その余の原告主張事実は否認する。被告会社は左記理由に依つて本訴請求に応ずる義務はない即ち、

(一)  被告会社の施設に瑕疵はない

(イ) 被告会社使用の架線の材質、太さ、弛度、建造物からの距離等について間然すべきものはない。即ち五粍硬銅線又は二粍七本撚(五粍相当)硬銅線を用い、弛度も充分安全係数を見込んである。建造物との距離についても法規の要求する一、二米を超えることが明瞭である。原告の主張に依れば本件事故は被告会社の電線が古く且弛緩し、その被覆物が剥げてボロボロになつていた為寄り掛つた足場丸太を支え切れずして二線が接触したというに在るが高圧送電線の架設に当つては、被覆線たることを要せず、殊に三、五〇〇ボルト以上の特別高圧線の架設に当つては裸線たることを要し(電気工作物規程第五十四条二項)又電線のたるみは大である方が力学的に強度が大となるのであつて(電気工作物規程第七十九条)此の点に関する原告の主張は全く失当である。しかも工作上瑕疵なき三線の外側に力を加えると接触の可能性があるのであつて本件電線の接触は決して被告会社の工作物の瑕疵に起因するものではない。

(ロ) 自動遮断器の問題

原告はフユーズ其他本件事故発生によつて即時停電せしめる装置があれば本件事故を防止出来た筈であると主張するが、フユーズ装置は末端配電線の保安装置で本件のような送電線の事故に於ては関係なく、他には変電所に於ける自動遮断器が問題となる。之は短絡電流の量と短絡継続時間の二つの要素から動作が規整される。即ち本件事故当時須賀川変電所に於ける調整は二〇〇アンペア以上の電流が一秒間以上流れて始めて働作するよう調整せられていたが、此調整は正当であり、一方本件事故現場に於ける短絡電流は右働作電流以下である。従つて自動遮断器の働作による停電は之を望み得なかつた訳である。

(二)  被告会社使用人の停電措置に過失はない

(イ) 被告会社須賀川変電所に於て当直員渡辺脩は漏電計と保安電話の鳴動で管轄区域の何処かに異常発生を知り同時に眼前の郡部線の電流計が大きく動いているのを発見した。然しながら之によつて直ちに電流を遮断することは出来ない。立木の接触、大きなモーターの始動等に当つて屡々過大電流が流れることがあるのでその都度一々停電せしめていては電気供給が不能に陥つてしまう。担当係員としては右のような瞬間的な事故かどうかを判断して措置に出なければならぬのである。当直員渡辺脩は立木接触の如き事故でないと判断して手動すヰツチにより遮断した此間僅かに一分である。与えられた条件でこれより短時間で遮断することは不可能である。

(ロ) 現場最寄の散宿所員森徳智は電話による事故の報知を受けるや直ちに現場に駈付けたが、人だかりで通行出来ぬので引返し裏通りを通つて現場から十三本目の電柱に馳せつけオイルすヰツチを切つた。此の間三分十五秒である。散宿所員としても所与の条件下で仮令同人の切断以前に変電所の措置で停電したとしても能う限りの処置を講じたものである。

(三)  被害者両名の蒙つた損害は何れも瞬間的のもので人為的に左右し得ぬものである。被害者関根チウは熔断落下した電線に触れて即死した。感電死には瞬間死と、感電してから六時間乃至十二時間後に死亡する電撃によるシヨツク死と、墜落のため打撲、骨折等による死亡との三類型に分けられるが、チウの死はシヨツク死でなく合併症死でもない。然らば之は第一の類型たる瞬間死であつて、原告主張するが如く十分間も生存していたものでない。従つて被害者が「助けてくれ」などゝ発言し得るものではない。次に原告義弘の蒙つた負傷は感電時間一分はおろか僅々数秒の間にも発生し得るものである。また電撃による知脳低下の実例はない。

(四)  本件事故は工事施工者訴外鷹島建設株式会社乃至はその使用人渡辺亀吉の重過失によるもので被告会社は之が責を負うべき限りでない。即ち足場丸太解きほどきに当つた右渡辺亀吉は足場丸太が倒れかゝることなどはないと軽々に信じて、危険な場所では柱の上部をロープで縛つて倒すという業務上熟知されている方法に出でず漫然丸太を解きほごした。このような重過失により事故を惹起したのであるからそれは工事施行者乃至直接その衡に当つた使用人の責は明瞭であるけれども被告会社はその責を負うべき限りでない。

(五)  工事注文者たる株式会社東邦銀行では足場取除作業を被告配電会社に通知を怠つた。

電力、ガス等の施設近辺の作業では万一発生することあるべき危険に具えて関係者に通知の上保安係員を現場に待機せしめ、交通を遮断し立入禁止をする等の措置を講ずることが行われる。然るに東邦銀行支店に於ては足場組立の際に被告会社の了解を求めながら、肝心な最後の足場取外しの際被告会社に通知するのを怠つた、之がため被告会社は散宿所員を予め待機せしめる等の措置を講じ得なかつたものである。之は偏えに株式会社東邦銀行の責であつて被告会社の責に帰さるべきものでない。

(六)  以上述べた通り本件事故発生の原因は工事請負者の人夫渡辺亀吉の重大なる過失に因るもので被告会社の責に帰すべきものでない、敢て被告会社にその責を負わしめんとする原告等の主張は、厳重なる取締規程を遵守して公益事業を営むものに対し、不能を強ゆるもので、失当である。

(七)  仮に被告会社に責任ありとするも次の理由によつて原告の請求は失当である。

(イ) 原告義弘の十三年後の収入平均一日四百円ありとの主張であるが、之を争う。仮に右の如き収入ありとするも之を得るが為に要する費用及本人の生活費は損害金から控除すべきである。

(ロ) 原告留吉は被害者チウと不和の間柄で同居もしていない。葬式も同人が営んだものでない。

(ハ) 原告等は株式会社東邦銀行と本件に関して和解を為し同銀行より夫々金二十万円を受領したものである。

と謂うに在る。<立証省略>

三、理  由

原告等の主張事実中(一)訴外鷹島建設株式会社に於て株式会社東邦銀行の注文による西白河郡矢吹町大字矢吹字東側七十番地所在同銀行矢吹支店建物の外廓セメント上塗工事を請負い、訴外渡辺亀吉等を現場監督として使用し右工事を進めて来たところ、右工事が終つたので昭和二十三年八月六日右工事のために設けた足場の取除作業中、同日午前九時頃従業者の過失により足場用丸太を倒し右丸太が同銀行支店建物の向つて左端上部を通ずる被告会社架設の高圧送電線三本ある中、東側の一本に寄掛り右電線と中央の電線とが接触してシヨウトし因つて中央の電線が熔断したこと (二)右熔断した電線の一端が地上に落下し原告義弘の父義晴方の店先に垂れ下り店の入口に置いてあつた自転車を介して偶々右自転車の傍に立つて居た原告義弘の身体に感電し同原告が電傷を受けたこと及関根チウが幼児を背負つて右義晴方店舗附近に立つて居たところ前記熔断垂下した電線の一部分がチウの足部に触れ同人が間もなく感電死したこと (三)原告義弘が昭和二十年一月二日生れの男であること (四)日本生命保険株式会社発行の日本人生命表によると満九歳の男の平均余命は五〇、三八年であること (五)原告義弘は義晴の長男であり、父義晴は現に理髪業を営んで居ること (六)関根チウは原告留吉の実母であることは何れも当事者間に争のないところである。

故に本訴に於ける主要の争点は被告会社の工作物に瑕疵があるかどうか、また被告会社の使用人渡辺脩及森徳智等に本件事故に対する措置に関して怠慢又は過失があるかどうか及被告会社の責任の有無の点に在る。

依つて、按ずるに

(一)  工作物に瑕疵の存否

検証の結果(裁判官山田瑞夫の証拠保全手続に於ける検証調書)と証人渡辺亀吉尋問調書(保全手続の)の記載を綜合すると右事故発生当時に於ける事故現場附近一帯の送電線(高圧線)の状態は該電線の被覆物(布状)が著しく古損し各所に於て右被覆物が電線から剥離垂下してあつたことを推認し得る、そして倒れた丸太の寄り掛つたのは三本の電線中東側の電線であるのに熔断したのは中央の電線であることも右検証の結果に徴して明かであるし、また被告の争わないところである。以上の事実と鑑定人鈴木武雄の鑑定の結果を綜合すると、電線の張方が強ければ断線を招き易いこと並に右事故現場附近に於ける三本の高圧電線の内張方は強過ぎて不完全であつたこと(同人の鑑定書五八頁)及本件断線は丸太が倒れて寄掛つたためにのみ起つた機械的断線ではなくして、短絡電流のために熔断したものか或は短絡電流のために電線が少し熔けて電線断面積が小となり張力のために断線したもの、換言すれば被覆不完全であるために両線が接触したとき絶縁不良のため短絡電流が流れて断線するに至つたものであることを認めることができるのである。然らば訴外鷹島建設株式会社の使用人の過失によつて丸太を倒したことは断線誘発の一原因であることは論を俟たないのであるが、また被告会社の送電施設即ち工作物に瑕疵の存したことも認めなければならないのである。被告援用の証拠中前段認定に反する部分は措信しない。

(二)  被告会社の責任の有無

(イ)  被告は前記送電線は三千三百ボルトの高圧線であつて電気工作物規程に依るも被覆電線たることを要求されないから仮に被覆が古損してボロボロになつていたとしても該工作物の瑕疵とはならない。況んや三千五百ボルト以上の高圧電線には同規程に依つて裸線の使用を要求されていると抗弁するから、その当否を按ずるに、現行の電気工作物規程第五十四条第二項に依ると三千五百ボルトを超える送電線は裸線の使用を要求しているが同条第一項に依ると三千五百ボルト(以下本件の電線を含む)の高圧線を市街地に架設する場合は五ミリメートルの硬銅線又はゴム絶縁電線たる四ミリメートルの硬銅線たることを要求されている。尤も右規程は本件事故発生当時は末だ施行されていなかつたのであるが、鈴木武夫の鑑定書に依れば事故発生当時の行政取締方針も大体に於て右と同様であつたことを窺知し得るのである。而して同鑑定書に依れば本件の場合は法に依つて被覆線の使用を要求されていないことも認め得るけれども同規程の要求は行政取締上の問題であつて、直ちに以て私法上の免責事由とはならないと解するのが妥当である。本件事故発生の現場は矢吹町の中心たる繁華街であること前示検証調書に依つて明らかであつて、高度の危険を有する高圧電線を市街の中心地である人の往来の頻繁な地域に架設するに当つては災害の発生を極力防止するため精密周到なる注意を用い、工作物の完全を期せねばならないこと当然であるから単に行政法規によつて被覆線たることを要求されないとの一事を以て工作物に瑕疵がないとの主張は到底これを採用できないのである。

(ロ)  被告はなお本件事故は訴外鷹島建設株式会社の使用人の過失に因つて生じたものであるから被告会社の責に帰すべきでないと抗争するが、被告会社の責任と訴外鷹島建設株式会社の責任とは両立し得る別個の責任であるから右抗弁もまた理由がない。

(ハ)  被告は更に原告等と株式会社東邦銀行との間に本件事故に関して示談成立し原告等は各自同銀行より金二十万円宛を受取つた事実があるから、被告に於て損害を賠償すべき義務がないと抗争する。そして原告等が東邦銀行から被告主張の如く示談の結果金二十万円宛を受取つた事実は原告等の認めるところである。しかし、この事実は被告の賠償額を量定するに当つて考慮に入らなければならない事柄ではあるが、原告等に対する同銀行の責任と被告会社の責任とは両立し得る別個の責任であるから、被告の右抗弁もまた理由がない。

以上の理由によつて被告会社は原告等に対して本件事故に因り蒙つた原告等の損害を賠償すべき義務を有するのである。

依つて、進んで原告等の請求額につきその当否を検討するに、

(一)  原告義弘の請求について

(イ)  利益喪失による損害額

証人会田宗太郎の証言(一、二回)と同証言により成立を認め得る甲第三号証、第八号証及第九号証を綜合すると前記事故によつて原告義弘の受けた負傷の程度は顔面に傷痕を残し容貌の美を著しく損じたこと、左示指が極度に屈曲し、両足の第二、第三趾骨が欠落して歩行著しく困難となつたこと、現代医学に於ては到底完全治癒の見込なく為に労働能力著しく低下したこと等を認めるに十分である。

そして同原告の主張に依ると原告は成年に達した暁には父義晴と同様理髪業を営むことになるのであるが、父は営業によつて現在一日平均四百円ずつの純益を得て居るから原告も将来父と同額の収入を得べかりしものであるところ労働能力半減した結果、一日平均二百円ずつ将来得べかりし利益を喪失したものである。原告が成年に達した時から満五十歳に至るまで満三十一ケ年間は従業し得るのであるからその間の喪失利益を計算すると一日金二百円ずつ働くとすれば月額五千円で三十一年分合計百八十六万円となるが今直ちに支払を受くるためホフマン式計算法に依つて計算すると六十八万三千百九十五円となるから本訴に於ては右損害金の内五十四万円の支払を求めると謂うのである。しかしながら父子必らずしも同種の業務に従事するものとは速断し難いのみならず、営業の収入は経営者によつて増減あるべきこと当然であるし、原告が理髪業者たる資格を有する証拠もないから、原告が将来理髪業を営むことを前提とし、父義晴の営業上の収益を基準とする右主張は到底之を採用し得ない。なほ原告は、仮に一般肉体労働に従事するとしても一日平均二百円ずつの最低賃銀を得らるゝのであるから右と同額の損害を蒙つたものであると主張するから更にその当否を按ずるに、今日の経済界の状況に照して一般肉体労働者の得べき最低賃銀は一日平均二百円以上になること及原告が現在満九歳(結審当時)の男で平均余命五〇、三八年であることは、被告の争わないところである。然らば原告は満五十九歳までは生存し得ることになる。健康なる男子が成年時から満五十歳の終まで一般肉体労働に従事する能力を有すべきことは実験則に照して之を認め得るから、原告義弘が本件事故による身体障碍なかりせば一般肉体労働に従事し満五十歳の終まで働き得たりしものと推認するのが妥当である。

従つて一般肉体労働による収入を基準として喪失利益を算定するのは理由がある。しかしながら同原告が身体障碍者となりその労働能力低下したとは言え、稼働全く不能ではなく業種によつては半減程度の能力低下であることも前記会田宗太郎の証言に徴して之を認め得らるゝから、一般労働賃銀を基準とし労働能力半減による損害額を量定するのが妥当である。即ち一日平均百円ずつで一ケ月二十五日稼動すれば月額二千五百円となり三十一ケ年分合計九十三万円となるところ、労働賃銀は少くとも毎年々末には当該年度分の支払を受け得る筋合であるから原告に於て毎年末にその賃銀の支払を受くるものとして、ホフマン式計算法(利率年五分として)に従い各年度毎に得べき金額を算出し、その得た額を積算すると同原告の即時に支払を受け得べき損害賠償額は金四十二万七百九十二円となること算数上明白である。

被告はまた右賠償義務ありとするもその収入を得るために要する費用及本人の生活費は右賠償額から控除すべきであると抗弁するけれども、本人の生活費はその収入によつて賄うべきものであるから之を控除すべき理由なく、また収入を得るために要する費用の額につき被告の主張も立証もないから右抗弁は採用できない。

(ロ)  治療費等

原告は本件事故に依る負傷に関して既に治療費三万円を要した旨主張するが証人会田宗太郎の証言(第一回)及同証言に依り成立を認め得る甲第四号証を綜合すれば金一万三千九百四十円の治療費を支出したことを認め得るも爾余の支出については原告援用の全証拠によつても之を認定できない。

次に成立に争なき甲第十二号証(医師諏訪漸作成の診断書)に依れば原告の左示指、両足及顔面の傷痕につき整形手術を受けるためには手術費五万円を必要とすることを認め得る。

(ハ)  慰藉料

原告は前記認定の如く被告会社の責に帰すべき事故により身体障碍者となつたのであるから、これによつて受けた原告の肉体上及精神上の苦痛は相当大きいものと謂わねばならない。依つて原告の年齢、身体障碍の程度等諸般の事情を綜合し、且原告が株式会社東邦銀行から示談金を受領した事実を参酌すれば被告が原告に対して支払うべき慰藉料は金二十万円を以て相当と考えられる。

(二)  原告留告の請求について、

原告が本件事故に因り感電死した関根チウの子であることは被告の争わないところであり、右関根チウが被害当時六十三歳の老婦であつたことは成立に争のない甲第十一号証に徴して明白である。被告は原告留告と母チウとは以前から別居して来た不和の仲であるし、チウの葬儀も原告が営んだのでないから同原告に対しては慰藉の義務はないと抗弁するけれども、およそ人の子として母の死に直面して全然精神的苦痛を感じないと言うが如きことはあり得ないことであるから右抗弁もまた理由がない。尤も同原告の受けた精神的苦痛は原告義弘のそれに比して著しく転微なものであることは認め得らるゝから、これと被害者チウの年齢その他諸般の事情を綜合し株式会社東邦銀行から示談金を受領した事実を参酌すれば被告が同原告に対して支払うべき慰藉料は金五万円を以て足るものと考える。

以上説示の理由によつて本訴請求中原告義弘の請求については、(イ)得べかりし利益喪失に因る損害賠償額金四十二万七百九十一円 (ロ)治療費及整形手術費合計六万三千九百四十円 (ハ)慰藉料金二十万円合計六十八万四千七百三十二円の範囲に於て、また原告留吉の請求については金五万円の範囲に於てその請求を正当と認めこれを認容し、原告等の爾余の請求は失当としてこれを棄却すべく、当事者間に存する爾余の争点に関する判断は右認定に消長を来さないからその判断を省略し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十条に依り主文第三項の如く分担させ、仮執行の宣言については民事訴訟法第百九十六条に則り主文第四項の如く宣言を為したものである。

(裁判官 菊地寿助 坪谷雄平 松田延雄)

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